映画俳優としてのジョニー・デップ

テレビシリーズの出演を止めて映画のみで俳優としての道を選んだジョニー・デップは、やがてハリウッドを代表するスターへとなります。

見た方がいいジョニデ作品

映画俳優として

1990年(平成2年)公開の『クライ・ベイビー』で映画初主演を果たしました。そして同年公開の『シザーハンズ』は大ヒットしましたが、その後の出演作品の興行収入と知名度は付随していきませんでした。

しかし『ギルバート・グレイプ』といったヒューマンドラマや『エド・ウッド』といった伝記映画に立て続けに出演して、俳優としての実力を着実に身につけていきました。

俳優業の傍らでは、親族の出自から(彼の母方の曾祖母は純血のチェロキー族で、父も同じくチェロキー族の血を引く)からインディアンの問題に関心を持っていたデップは1997(平成9年)年に、マーロン・ブランドを招きいれて映画『ブレイブ』を監督しています。

1999年(平成11年)に、これまでの功績が認められてハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにジョニー・デップの名前が刻まれることになりました。

映画『ナインスゲート』で知り合ったヴァネッサ・パラディと交際して、ヴァネッサ・パラディとの間に女児をもうけています。

洋画おすすめ作品

性格俳優へ

2003年(平成15年)ディズニー/ブエナビスタ共同制作の娯楽超大作『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』で興行面での大成功を収めました。この映画は世界的な規模で爆発的な大ヒット作品となって、この大成功は大きな名声を獲得することになりました。そしてこの年の『ピープル』誌で「最もセクシーな男性」に選出されます。全米映画俳優組合賞主演男優賞を受賞して、アカデミー主演男優賞にもノミネートされました。

翌年公開作品の2004年(平成16年)『ネバーランド』では、イギリスの作家ジェームス・マシュー・バリーを演じました。この作品でもアカデミー主演男優賞にノミネートされました。その後も基本的には性格俳優で、『パイレーツ・シリーズ』でファンとなった観客を驚かせるような企画であったり役柄にも取り組み続けています。

2007年(平成19年)公開の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』で、ジョニー・デップ初となるミュージカル映画に出演しました。この作品でゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞して、アカデミー主演男優賞にもノミネートされました。

2009年(平成21年)『ピープル』誌で2003年に受賞した「最もセクシーな男性」に再び選出されました。

2011年(平成22年)に妹のクリスティ・デンブロウスキーと共同で映画製作会社「インフィニタム・ニヒル 」を設立しました。『ラム・ダイアリー』が同社製作のデビュー作になりました。

ジョニー・デップ受賞暦

慈善家であり太っ腹な男

太っ腹でどーんと金払いもよく、衝動買いの金額もすごいジョニー・デップですがそれだけ稼ぎ出す金額もハリウッドの中でも破格値です。それは数々のヒット作を持つジョニー・デップだからこそですが、ギャラや年収もすごい金額になっています。ちなみにこの作品「ツーリスト」に出演したギャラは2000万ドル日本円で約16億円!でした。

子供大好き

ジョニー・デップは子供の時間を特に大事にしている子供思いでも知られています。娘のリリー・ローズが2008年(平成20年)に腎臓病で入院したロンドンのグレート・オーモンド・ストリート病院をひそかに訪れました。そして「娘の命を救ってくれたお礼」として100万ポンド(日本円で約2億900万円)を寄付しています。

寄付だけではなく、娘が助かったことに感激して2007年(平成19年)11月には同病院を『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウの衣装を着て、患者の子供達におとぎ話を聞かせるためのサプライズ訪問もしています。

恩人を忘れない

バンドマンとして活動していたジョニー・デップは、ニコラス・ケイジの薦めで俳優への道に入りました。そしてニコラス・ケイジはいろいろな面でジョニー・デップを俳優として成功するようにきっかけを作ったりしました。ニコラス・ケイジが財政的に厳しい立場になっていることをしったジョニー・デップは、ニコラス・ケイジに協力を惜しまない意向を示しています。

太っ腹の男

ジョニー・デップはとても太っ腹なチップを残すセレブとして話題です。シカゴのあるレストランで映画『パブリック・エネミーズ』のレッドカーペット・イベントを祝って監督やキャストと食事をしていました。そして大人数での食事だったこともありますが、チップになんと4000ドル(日本円で約32万8,000円)という高額なチップを払っています。当時のレストランのウェイターは「ジョニー・デップは15人のグループで食事をしに来た。チップは12人で均等に分けた。これまでウェイターを務めたセレブの中でジョニー・デップが一番」と語っています。

2010年(平成22年)10月の英大衆紙『The Sun』では、ジョニー・デップはポケットマネーで防寒用のジャケットを500着購入しています。そして防寒用ジャケットを『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』のスタッフにプレゼントしたといいます。太っ腹エピソードには事欠かないですね~

衝動買い

2010年(平成22年)2月にジョニー・デップは衝動買いをしています。衝動買いはカリブ海の島です。その当時のジョニー・デップはハリウッドのにぎやかなライフスタイルから離れて、フランスで当時の事実婚相手のヴァネッサ・パラディと2人の子供たちと住んでいました。たまたまバケーションに出かけているときに、衝動買いをしたそうです。ジョニー・デップのコメントは「僕の人生のすべてのことと同じで計画はしていなかった。なんとなく起こったこと。恋人と子どもたちと一緒にバケーションに行って、島が売りに出されてるって聞いたんだ。この島なら誰かにジロジロ見られず、カメラを向けられたり、指をさされたりすることもない。ありのままの自分でいられる場所だと思った」と話をしています。

サプライズ訪問

ロンドン郊外グリニッジにある小学校に通うベアトリス・デラプちゃんが、小学校の近くで撮影をしているジャック船長宛てにある手紙を書きました。

「わたしたちは海賊見習いです。先生たちに反乱を起こすつもりなので助けに来てください!」と応援をお願いする手紙を書いたところ、手紙を受け取ったジョニー・デップはジャック船長の姿で海賊たちを引き連れてベアトリスちゃんの小学校にサプライズで訪問しました。そしてベアトリスちゃんの手紙を取り出して「これを書いたベアトリス、出ておいで」と声を掛けて「今日は反乱を起こすべきじゃないな、警察がおれを見張っているんだ」と反乱中止を伝えました。

ジャック船長の姿で登場したので、子供たちは大喜びで手紙を出したベアトリスちゃんは大感激していました。

ジョニデとアンジー初共演の『ツーリスト』

ジョニー・デップとアンジョリーナ・ジョリー初共演した映画ツーリスト。ヴェネチアを舞台に2人が織り成すドラマの行方は?!

ツーリストについて
ツーリストのあらすじ
本当は別のキャスティングだったのツーリスト
伯爵の称号を持つ貴族の末裔が映画監督
ヴェネチアについて
映画の舞台ヴェネチアの風景
世界一美しい広場が水没する?!
ヴェネチアの交通網
ヴェネチアの潟
ヴェネチアの繁栄と衰退
数々の映画の舞台になってきた町ヴェネチア
ジョニー・デップについて
ジョニー・デップが俳優になる前
映画俳優としてのジョニー・デップ
もてまくりのジョニー・デップ

サブリンク